この2年あまり、病気でも、やりたいことを我慢したくないと思って色々な取り組みをしてきた。
ブログを書くこともそうだし、絵を描くこともそうだ。ネット上で「当事者カフェ」というバーチャル空間を作ってみたりもした。アーティストを自称したりもした。自分では自覚していないが、再発から2年にしては、よくやってきた、足掻いてきた方なのかもしれない。とにかく色々な体験をした。
陰性症状は未だ重いが、最近は少しでも外に出ようという気持ちが芽生えてきている。そこでカフェに沢山行ってみることにしたい。カフェで働けなくても、まず色々なカフェを楽しむ人になればいいのではないかと思ったからだ。もう一応カフェで働く経験はしたのだから経験値はあるのだし。
また米国のヨガ動画などを流しみることにした。英語とヨガのスピリットを忘れないためだ。これ以上、好きだったものを奪われないためだ。
絵本や児童書を多く読むことにした。言葉に触れていたいからだ。
細切れでもいいから映画を観ることにした。映画が大好きだからだ。
このように、たとえ過去の自分に戻れなくても、過去の自分と繋がっていることはできる。過去の経験は自分の中で血となり肉となり、今も生きている。それを実感しながら生きていけばいいのではないか。
何もできないのなら、実在するカフェを検索するだけでもいい。ヨガのポーズを一つ見てみるだけでもいい。そうやって好きだったものから意識を離さないでいることが、小さな生きる力に変わるのかもしれない。そしてその小さな力が、今の自分を肯定してくれる強さや逞しさへと変わるかもしれない。やってみないとわからない。
そんなふうにして、私はこれから、今の私の現実を見ていこうと思った。病前の私も、病後の私も、両方かけがえのない私に違いはない、それをこれからの行動で証明していきたい。
もう私は昔の私には戻れない。その分、今の私を愛してあげたい、今、それができるのはきっと世界で私一人だけだと思っている。
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