五月は新緑の季節、私が故郷に帰ったばかりの頃、恩師に頼んで尊敬する写真家、文筆家の先生を母校に招聘してもらった。そのやりとりの冒頭で、尊敬する先生から「新緑が眩しい季節になりました」とメールをもらったのをずっと覚えている。母親は「そんな風なこと(表現)も言えるようになって」と喜んでくれていた。恩師も五月の新潟は美しいとよく言う。それは間違っていないと私も思う。
病気になって2年。以前として億劫さは消えず、いつも寝ているような脳の状態も治らずに、側からみたらわかりにくい状態で私はなんとか生きている。何度も書いているが、健常者の時の生き方とは全く違う生き方を強いられることになって、それでもよく生きていると自分でも驚く。家族にも本当に迷惑をかけた。私は殺人こそしていないが、大切な人たちを攻撃してその人たちはほとんど私の周りから離れていったし、読み書きの能力も、言語能力も集中力もなくなった。運転すら疲れる心身になってしまった。長距離のドライブなどとてもじゃないけどできなくなった。
そんな状態でどう生きるか?それが本当に重大な問題だ。統合失調症になった僕らは、どのように生きていけばいいのか?
なんでもいいから「楽しみを見つけること」が大事だと思う。そして人とかかわることをやめないこと、何でもいいから人と言葉を交換していくこと、それを続けること。妄想でもいいから、人を好きでいることをやめないこと。病気になると視野が狭くなり、自分のことしか考えられなくなることもある。だけど私は視野を狭めたくない。視野は広く外へ向けていた方がいいと感じる。自分のことだけ考えていると、つまらないし、生きていても寂しいだけだからだ。
本が読めなくなった私は絵本でその世界を広げている。私は絵本を子供向けだと軽視していたが、それは誤解だった。いい絵本は大人に向けて書かれていると思う。大人に突き刺さる世界観があるからだ。
希死念慮対策には熱い紅茶が効く、と以前書いたが、そんな単純なことの積み重ねでいいのだ。紅茶の香りを嗅いで、ああ幸せだな、と感じる。そういうことの積み重ねをできればわかりやすい形でノートなどにまとめておくと良いのだと思う。自分の小確幸(しょうかっこう:小説家の村上春樹用語)を実感して、より生きようと思える。こんなにまだ幸せを感じられる時があるのか、これもしたい、あれもしたい、と夢や目標が出てくるのではないか。
ギリギリで生きている人たちに対しては、全てを失ったこの私でも死なないで生きているのだから、何とか美味しいものでも食べて、いい音楽でも聴いて生きようと伝えたい。大丈夫、生活保護をもらってでも幸せに生きていくことはできる。
私は他のすきゾメンバーのように、とことん前向きなことは書けない。今の正直な思いしか書けない。だけど、私はこの拙い文章を読んでくれている人に、一緒に生きようと言いたいと思う。生きていれば、たまに綺麗な夕日や海を見ることができる。人と一緒に美味しいものを食べて、笑い合うことができる。それでいいのではないか。
僕たちはどう生きるか。日常の楽しみを持って生きよう。その楽しみは何でもいい。生産者になんてならなくていい。生きて、存在しているだけでいい。失敗してしまった自分も、挫折してしまった自分も、抱きしめて、受け入れて、一緒に歩いていこう。
僕たちは一人じゃない。絶対に。信じ抜けば、トラウマをこえて、また心から笑うことができる。
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