朝日新聞の「統合失調症、その先へ」の4回連載の記事を読んだ。辛い症状に苛まれながら、病気を受け入れていくことで、徐々に回復していく様子を知ることができ、この病気を抱えて生きることの絶望と希望を改めて知ることができた気がした。この病気で悩む人は決して私一人ではないということ、忘れがちだけど、いつも心に刻んでおきたい。私はいつも自分がいちばん重症なのだと感じてしまうことがある。だけど苦しみは相対化できない。それぞれにそれぞれの苦しみがある。
統合失調症になり、できることが少なくなり、私の性格は変わった。明るかったのが陰気になった。それはとても悲しい変化だった。無理をしても仕方がないから、もう暗いキャラでいこうかと思っている。
だけどそんな私でもできることがあること、それらをひとつひとつ確かめながら、ゆっくり生きている。統合失調症と言っても幅広いので、症状は一つとは言えない。
できる/できない、に囚われて生きたくない。そうも思う。私は何もできなくても、ここに存在しているだけで、十分なのだ、そういい聞かせることもある。
私はいま、生活していて、億劫だなと思うことは多いから、常に病気のことは頭から離れない。いつになったらこの億劫さがなくなるのかは分からない。気が滅入ることはしょっちゅうだ。
こんな風に書きながらも、音楽を聴きながら、日々を過ごす。何も成し遂げていないかもしれない、だけどそんな私はたしかにここに存在していて、病気を抱えながら、生きている。そのことは本当にものすごいことなのだということ、毎日毎日、言い聞かせたい。自分を見下さないこと、これは私が私に課す義務だ。
私は今日も生きている。統合失調症だから、息をして、歩みを進めている。


コメント