
金曜日、土曜日と美術館に足を運んだ。
回らない頭で、ぼんやり絵を見てきた。
私は絵は難しく考えなくても見ていいと思っている。
なんとなくこの絵が好き、この表現が好き、色が好き、惹かれる、忘れられない、そういう風に絵を見ていっていいと。
私たちは鑑賞者だけど解説者じゃないのだ。うまく言葉がでてこなくても、何かは受けているはずだ。
私は絵という表現が好きだ。ごちゃごちゃしたものからスッキリとしたものまで、絵という表現を見ると、うまい下手を超えて、生命力を感じる。それが単純に好きなんだと思う。絵を見ると、自分の世界が変わる気がする。それが好きだ。
もちろん描き手になってみると、たくさん細かく大きく上手に描ける人と描けない人という差が生まれてしまうが、たとえ描けなくても、表現は生きている、そう思う。今の私がうまく言葉を使えなくても文章を書いているのと同様に。
だから私は、絵の鑑賞者になったら、次第に制作者にもなっていけばいいのではないかと思う。芸術は敷居を高くせず、もっと誰でもできるものであっていいはずだ。生きて、見る、描く、絵で空間を作っていく。そんな風に日常に絵の重要性が理解されればいいと思う。
わからなくても、わからないからこそ、絵という表現は人間にとって祭壇のような特別な意味を持つのだ。



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