
今日はまた博士論文を書ける、書いた、みたいなコロキアムの夢を見た。
現実には私は認知機能障害のために博士論文を書き上げられる知性はもうない。認知機能障害がなくとも研究上の人間関係をひととおり壊した私にはもう博士論文を書き上げられる環境は揃っていない。だから私はこの人生で博士論文を書き上げることを諦めた。長い間こだわり続けたけど、できないことはできないのだ。だから次に進むしかない。
結局、私には博士論文は手が届かなかった。挑戦してみたけど研究のための人脈や資料集めなどの点で、戦略が甘かった。分量で考えても、気合いだけではどうしても乗り切れなかった。博士号という学位は簡単には取れなかった。もっと長期的に計画して挑戦し続ける姿勢が必要だった。博士号を取得していく同期や後輩を目にして、悔しい思いを何度もあじわったが、私はその途中で病気になってしまった。
博士論文を書けなかった人生も続いていく。私は挑戦したけど運にも恵まれなかった。だけど挑戦できただけ、幸せな人生なのではないか?と今は思う。私は博士論文執筆という名目で、調査や発表など、いろいろな体験をさせてもらったのだ。恥ずかしい思いも沢山したが、それも含めて、いいのではないかと思う。
これからは研究者とは別の道を行く。その道は研究者の道よりずっと地味かもしれない。だけど毎日毎日重い体で坂道を歩き続ける忍耐力は、私にまた別の景色を見せてくれる気がする。私はたしかに研究の道の一角の人になろうと試みた。だけど大挫折をした。大きく転んだ。気まで狂ってしまった。その挫折は私に自分の力ではどうすることもできない現実を教えてくれた。生き恥をさらして生きていると思ったこともある。それでも、私は、今日も生きて、自分の、自分だけのことばとエネルギーを磨いている。それは、とても素晴らしいことだと思う。日々の地道な継続のなかには真実のことばがある。



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