
私は前より確実に書けなくなった。言葉が思いつかなくなったのだ。
それなのにほぼ毎日書いて、リハビリをしている。
2023年の4月くらいからコツコツ続けて、いまや私のブログの記事はだいぶ溜まった。痛みを知るものの闘病記的位置付けになっていると思う。作業所通所のおかげか、以前より大分前向きになったのではないだろうか。習慣や慣れの力はすごいなと感じる。少しでもできることがあるんだと実感し、希死念慮も減った。私の文章はこの雪国上越の、作業所の体験に根をはる文章だと言っていい。あちこち飛び回っていた人が書く自由な文章ではない。
認知機能障害のせいか、言葉や考えがポンポン思いつかなくなり、広がりのある文章が書けなくなった今は、書くことも前より好きではない。今は、好きとか嫌いとかをこえて、自分の使命として書いているような気がする。今の方が前より深度のある文章を書いている気がする。どうだろうか。
それでもなお、私はこの命が果てるまで、書き続けたい。以前のような知性もなく、何も意味あることは書いていないけど、書いて、生きて、私の表現をこの世界に提示していきたい。私の表現とは、私自身をふくめて、病を得ても、まだ生きている人の力、希望のようなものだと思っている。これからも私の表現を追求していきたい。



コメント