
ある先生に「飲みっぷりはいいけど飲み方を知らない」と言われたことがある。そのくらい私は酒癖が悪くて、吐いたり、持ちたくもない関係を持ったり、記憶をなくしたり、多くの失敗を重ねてきた。失敗してもいいようなコミュニティにいたなら、まだ皆一緒だね、で済んでよかったんだけど、かつて私がいたところは上品な人たちが多くて、酒癖が悪くて乱れたりすることを良しとされなかった。秩序を乱すからだ。合わないところにずっといたからこそ、私は酒という快楽に逃げたんだと思う。私は多分酒で自由になりたかった。何にも囚われたくなかった。
今はドクターストップをかけられていて、基本的にお酒は飲めない。飲めなくなって、痛感することは、私は本当にお酒という飲み物が好きなんだということ。そして少量のお酒でも十分楽しめるということ。それは発見だった。それまでは全てを忘れるために強い酒をあびるほど飲んでいた。
そう、私は自分を傷めるために酒を飲んでいた。でももう、十分に自分を痛みつけた私には痛みの酒はいらない。今は癒しの酒を求める。
私はアル中ではなかったと思うが、それでも、周りに酒を与えたら危険と思われるくらいのところはあった。酒は毒だという人もいる。でも私は、たまにその毒を飲みたいと感じる。こっそりあじわって、今を輝かせたい。



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