
私の過去とはなんだったのか。かつて、いろいろな土地に住んだことがあったが、障がい者になり、結局ふるさとに住むことになった。
私の過去、つまり健常者時代をまとめるとすると、「自由」と言えると思う。かつて、私はたしかに自由だった。フットワークが軽く、行きたいところには行くようにしていた。だけど今はそれができない。饒舌で頭の回転も早い方だった気がする。挑戦、できることを増やしたいをモットーに、私はイージーモードで生きていた。
現在の私はなんなのか。過去とは全く違うスタイルだが、同じようにいまだ生きている。だけど体は重い。フットワークも重い。かつての自分とは別人になってしまったように、ふるさとの実家の、ひとつの部屋でひっそりと生活している。今の私は重いし不自由だ。頭もよく働かない。今の私は障がい者だ。今の私は暗い。だけど今の私にはささやかな幸せがある。再発してから4年間、希死念慮に苛まれながら暗闇のなかで生きてきたと言うたしかな自信がある。
そして、現在の私は、過去と同様に書く人だ。この重みを抱えて、必死で自分の言葉を、空気を、探している。この言葉はかつてフットワークの軽かった私には決して書けない、重みと深みがある。たしかな経験といのちの光がある。
私は私の過去も、私の現在もともに愛している。私は書き手として今も両者をつないでいるし、私の言葉は経験を通じて、以前より確実に自分のものになっている気がする。


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