
過去に依存して生きていると思う。
今の私はそれほどできることが少ないし、自由だった過去のことは思い出し放題だ。何かにつけて健常者だった頃のことを思い出す。
でも結局私は自己中心的な人間なので、過去の誰がよかったというより、自由に飛び回っていた過去の自分が好きなんだと思う。出会った人たちにはほとんど感謝しかないけれど。今は特に自分のことで精一杯になっている。
昔、新宿で人を待っていたら「ムショから出たばかり」と言っていた人がいきなり喧嘩をふっかけてきたのでびっくりした覚えがある。「風俗を紹介する仕事をしているんだけど」「そういう目でみないでくれる?傷つくんだけど…」と言われて、「お前なんて社会に必要とされてねぇよ!」と叫ばれた。それはその人自身の叫びだったのかもしれない。
その人の苦しさや痛みみたいなものを私はわからないけど、色々な人がいるんだなと驚いたのを覚えている。私も発症、再発して陽性症状が高ぶっていた時、大切な人たちに対して言葉で攻撃をしてしまった。自分では止められなかった。周りからすれば、私も、私にかつて攻撃してきたその人も同レベルなのかもしれない。よくわからないけど、攻撃することが自分を守るための必死のコミュニケーションになっていたことは同じなのかもしれない。攻撃したことがある人間としては、攻撃したくてしているわけじゃないことは書いておきたい。
これからも思い出を抱えて生きていこうと思う。これまで、楽しい思い出ばかりじゃなかったけど、楽しい思い出はたしかにあった。思い出をすべて宝物にして、一歩ずつ前に進んでいこうと思う。


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