
今の私は書いているが、書けていない。前のようにのびのび書けない。以前の私は文章を書くことで遊んでいたし、表現を楽しんでいた。恩師からは衒いがあったと言われたけど、私はそんなつもりはなかったし、40年間精一杯自分の言葉を磨いてきたと思っている。私は以前の自分の、のびのびとした自由な文章が好きだった。以前の私を愛していたように。過去の私を悪く評価する人は多いけど、私は過去の私を愛している。過去の私はいきいきしていて、自由だったからだ。
病気を抱えた、今の私はとても不自由だ。できることが少なく、楽しみも少ない。だからなのか言葉で表現できることも狭い気がしている。記憶力も低下したから新しい言葉も横文字の作者も覚えることができない。今は毎日、自分の心や感情を刻むようにブログに書き込んでいる。かつてのように世界を広げるような文章は書けなくなった。
よくいう作家のスランプとは違って、この書けなさ感は認知機能が低下しているかぎり永遠に続くのだと思う。もう逃げたいと思うこともあるが、ずっと逃げられない。私はずっとこうして病気とともに、重くて暗い言葉を刻みつけていくのだろう。その事実に向き合うと、絶望しそうになる。だけど、どんなにダメな文章でも、私は書き続けていく。書くことで自分を確かめ、傷をさすり、少しずつ少しずつ、老いていく。できれば早く解放されたいけど、終わらない日常のなかで、私はゆっくりと堕ちていく。



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