
今日はトラウマ治療第7回目だったので、新潟市にむかった。
父親のように思っていた恩師と約束して、昼食をお気に入りのイタリアンで取った。
いつもはパスタを頼んでいるが、今日は道中ピザが食べたい気分になったので、思い切ってピザを頼んだ。とうもろこしとサラミのピザだった。熱くて食べにくかったけど、美味しかった。でも全部食べきれなかった。
私は恩師に会うと、話を、自分を、わかってほしいと思い、今ある全てで恩師に対峙するが、いつもあまり相手にされていない気がする。特に、病気になってからは特に恩師の態度は変わった気がする。昔の方が距離が近かった。今はもうあまり話すことも多くない感じだ。だいたいいつも病気や障がい、貧困、作業所の話をする。恩師から希望の種を蒔くように言われて終わる。恩師は灰から花を咲かせる花咲じいさんらしい。
支援の意味についても考えていると言ったら、托鉢の話も聞いた。助けられるということは助けさせるということで、助けるとは同時に助けられることなのだということ。施しを受ける方が上位に置かれるという話。とても興味深く聞いた。これからの私の考えの原点になるような語りだった。
ここには書ききれないくらい、今日の恩師との会話は刺激的だった。私はこういう存在に出会い、まだかかわっていられることを本当に幸運に思う。恩師は私にとってはずっと父親のような存在だ。
時代に逆行しているのかもしれないが、私は歳を取るのが好きだ。歳を取って自分が死に近づくのが私には喜びだし、経験値を重ねて老いたことが素直に嬉しいと感じる。



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