
今の私は43歳、人生は折り返しに入っている。正直39歳からは病気のことばかりだった。死ぬと騒いで包丁を買って近所を歩き回ったり、なぜか足が震えて止まらなくなり、座れなくなって歩きながらご飯を食べて保護室に入れられて絶叫したりした。死ぬかと思う経験は何度かしてきた。
だけど私はまだ生きている。何もしていないけど、だた生きている。再発後、私がした生産的なことは闘病記を出したことだけ。それもカミングアウト本だったので、出さなければよかったかもしれないと思うような作品だった。ただ陽性症状のことを言語化しておいたのは、後々のためにもよかったんじゃないかと思っている。私が死んだ後、意味をもつような本になるのかもしれない。
私の人生もきっと多分あと40年ちょっとで終わる。思えば人に迷惑をかけ続けた人生だった。上昇志向が全面にでていた20代から30代は、自分が万能なのだと勘違いしていた。病気に出会うまで、私は正直勘違い人間だったのだと思う。
病気と付き合うことになり、私は根本から変わった。見た目も変わったが、内面も大きく変わったと思う。変わっていないのは、コーヒーが好きなこと、まだなんとなく文章を書いていることくらい。後のことはほとんど全て変わった。人好きだったのが人が苦手になったし、フットワークが軽かったのが、インドアになった。
巷の情報では綺麗なもの、美しいもの、はやいものに光が当てられるが、私は、私たちはゆっくりゆっくりと地味に年を重ねている。それは年輪のように価値になって、私たちの人生を物語る。
本当のことは、地味なもの、人が名前をつけないような些細なことにあるような気がする。大きな物語に目がくらみ、いっぱいのコーヒーを飲む喜びを知らなかったかつての足早に進む私には、決してわからないような小さな出来事。私はそれらを今、生き続ける理由にしている。



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